電話で話すと、少し前に聞いた話をまた繰り返している。実家の冷蔵庫に、同じ食品がいくつも並んでいる。親はまだ元気でも、「もし認知症になったら、実家や預金はどうなるのか」が頭をよぎる瞬間があります。この記事で扱うのは、相続(亡くなった後)ではなく、本人が生きていて、意思を示せるうちの話です。
判断能力が下がると、本人名義の実家も預金も動かせなくなる
認知症などで本人の判断能力が低下すると、本人名義の財産は原則として動かせなくなります。これを俗に「資産凍結」と呼びます。具体的には次のようなことが起きます。
- 実家(本人名義)が売れない:不動産の売買は本人の意思確認が必要です。認知症が進むと、たとえ家族でも本人に代わって売ることはできません。ただし、認知症の診断があってもすぐ売れなくなるとは限りません。売買の時点で本人に意思能力がなければ、売買は無効になります(民法3条の2)。
- 預金が下ろせない・動かせない:金融機関が本人の判断能力の低下を把握すると、口座が事実上凍結され、まとまった出金・定期解約などが止まることがあります。本人の医療・介護費などに限り、親族の払出しに応じる金融機関もありますが限定的です。
- 施設費用・介護費用の工面に困る:介護でお金が要るのに、本人の資産が使えないという事態が起きます。
- 親が元気なうち任意後見・家族信託・遺言などを選べる
- 判断能力が下がる本人名義の実家・預金が原則として動かせなくなる(資産凍結)
- 備えがないまま使える手段は主に法定後見(家庭裁判所が後見人を選ぶ)
備えがないまま判断能力が下がると、使える手段は主に法定後見になる
備えのないまま判断能力が低下すると、家族が使えるのは主に法定後見(成年後見制度)になります。家庭裁判所が後見人を選び、本人の財産を保護・管理する制度です。本人を守る大切な制度ですが、次の特徴があります。
- 後見人が家族以外(専門職)に選ばれることがあり、家族の希望どおりに財産を動かせるとは限らない。
- 実家の売却などは家庭裁判所の許可が必要になる場合がある。
- 現行制度では原則として本人が亡くなるまで続き、専門職後見人には継続的な報酬が発生する。
なお、2026年6月に民法等の改正法(令和8年法律第45号)が公布され、後見・保佐を補助に一元化し、本人に必要な範囲で利用する仕組みに改められます(公布から2年6か月以内に施行予定)。施行までは現行制度が適用され、施行後は利用の仕方が見直されます。
だからこそ、元気なうちの備えに意味があります。
元気なうちに選べる備えは、任意後見・家族信託・遺言など5つ
本人に意思能力がある今なら、次のような選択肢を検討できます。どれが向くかは家庭ごとに異なり、適否の判断や設計は専門家の領域です。ここでは概要の比較にとどめます。
| 選択肢 | どんな備えか | 向いている場面(概要) | 主な相談先 |
|---|---|---|---|
| 任意後見 | 元気なうちに「将来この人に後見を頼む」と、公証役場で公正証書により契約しておく。判断能力が下がったら家庭裁判所が任意後見監督人を選任し、その時から効力が生じる | 将来の財産管理・生活を、信頼できる人に託したい | 公証役場(公正証書の作成)・司法書士・弁護士 |
| 家族信託(民事信託) | 財産の管理・処分の権限を、契約で家族に託しておく | 実家の売却・活用を、凍結されても家族が続けられるようにしたい | 司法書士・弁護士 |
| 遺言 | 亡くなった後に実家などの財産を誰に継がせるかを決めておく(凍結対策ではない) | 実家がきょうだいの共有になって動かせなくなるのを防ぎたい | 公証役場(公正証書遺言)・法務局(自筆証書遺言の保管のみ・内容の相談は不可)・司法書士・弁護士 |
| 財産の在りかの整理・意思の共有 | 元気なうちに口座・保険・不動産の情報を整理し、意思を共有 | まず現状把握と家族の合意形成から始めたい | 自分+家族(必要に応じ専門家) |
| 生前整理 | 元気なうちにモノ・書類・実家を親子で整理 | 判断や作業を本人と一緒にできる今のうちに進めたい | 生前整理業者(→ ご案内) |
親の状況と、実家をどうしたいかから、いま考えておくべきことを整理したいときは、今できる備えを診断するで確かめられます。
任意後見と家族信託は、目的も費用も手続きも異なり、家庭の事情・財産の内容・本人の意思で向き不向きが変わります。どれが向くかは一概には言えないため、検討に進むときは司法書士・弁護士へ。
今日からできるのは、意思を聞く・財産の在りかをまとめる・生前整理の3つ
大がかりな制度に進む前に、家庭の中でできる準備があります。専門家がいなくても始められ、どの選択肢に進むにしても土台になります。
- 親の意思を聞いておく:実家をどうしたいか、介護や住まいの希望、お金の置き場所。元気なうちの会話が、後の家族の助けになります。
- 財産・契約の"在りか"を整理する:預金口座、保険、年金、不動産の権利証、負債。一覧にしておくだけで、いざというとき凍結の影響を把握できます。
- モノと実家を、親子で整理する(生前整理):本人が元気なうちなら、思い出の品も本人の意思で仕分けできます。判断能力が下がってからの遺品整理とは、進めやすさが大きく違います。
生前整理は業者に手伝ってもらうこともでき、親子で少しずつ、遠方でも進めやすくなります。手が止まってしまうときの考え方は「実家の片付けが進まない…」も参考になります。
次に知っておきたいこと:親にどう切り出し、何から片付けるか
備えの選択肢が分かっても、いちばん難しいのは親との最初の会話かもしれません。生前整理を何から始めるか、親が渋るときにどう進めるかは、「実家じまいはいつから?元気なうちに始める生前整理」にまとめています。
ほかに気になることがあれば:
- 親が施設に入り、実家が空きそう →「親が施設に入ったら実家はどうする?」
- 亡くなった後の手続きの順番を知りたい →「実家の相続手続き 全体の順番ロードマップ」
出典(取得日 2026年10月11日)
- 判断能力の低下による本人資産の管理制限(不動産売買・預貯金の取扱い):意思能力のない人の法律行為は無効=民法第3条の2(e-Gov法令検索「民法」)。預金の払出しは金融機関の実務による一般的な取扱いで、本人の医療・介護費などに限る対応については全国銀行協会「認知症の方等への金融サービスについて」。
- 成年後見制度(法定後見・任意後見)の概要、家庭裁判所による後見人選任、居住用不動産の処分に関する許可:法務省「成年後見制度について」、任意後見契約に関する法律(e-Gov法令検索)第2〜4条(公正証書による契約・任意後見監督人の選任から効力が生じる)。
- 法定後見制度の見直し:法務省「民法等の一部を改正する法律(令和8年法律第45号)」(2026年6月17日成立・6月24日公布。後見・保佐を補助に一元化。施行は公布から2年6か月以内の政令で定める日)。
- 家族信託(民事信託)の概要:e-Gov法令検索「信託法」にもとづく制度の一般的な説明。設計・適否は専門家による。
- 遺言の効力発生時期(遺言者の死亡の時)・方式:民法第985条・第960条=e-Gov法令検索「民法」。自筆証書遺言の法務局保管:法務省「自筆証書遺言書保管制度」(一次出典)。法務局は形式の確認と保管のみで、内容の相談には応じない。。